緩和ケア科

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がん告知について

2014年2月 1日

ある病院での末期胃がん患者・家族と医師の会話(『~』はフィクションです)

娘「先生、父はああ見えてとても精神的に弱いところがあって、がんという言葉を聞いただけでも生きる希望を無くしてしまうような人なんです。ですから、がん告知はしないでください。」

妻「私もそう思います。がん告知をしないでくださるととても安心していられます。」

医師「・・・わかりました。では本人には胃がんとは告げず、難治性の胃潰瘍と告げましょう!がんはすでに進行していて手術はできない状態です。抗がん剤を投与しても副作用が強く出るだけで効果はほとんど望めない状態ですが、どうされますか?」

娘・妻「何とか1日でも長生きしてほしいので、入院させて抗がん剤治療をしてください。副作用はひどくてもガマンしてもらいますから。」

医師「わかりました、治療については御家族が決定するということでよろしいですね。本人には抗がん剤治療は胃潰瘍を治すための注射剤だということにしますよ。」

娘・妻「先生ありがとうございます。」

2ヶ月後:

患者「先生、2ヶ月も治療したのに食欲はますますなくなるし気分が悪いのも全然よくならんのです。それに、あの点滴をしたらひどく具合が悪うなるんじゃが・・・」

医師「・・・」

娘・妻「お父さん、先生はいちばんいい薬を使ってくれとってんじゃけえだいじょうぶよ、少々しんどいんはガマンしんさい!」

患者「・・・」

3か月後:

患者「ちっともようならん、なんでこんなに悪うなったんかのう・・・治療したら元気になる思うて治療だけを優先してがんばってきたんじゃが・・・仕事もやめて、旅行もやめて他になあんもせずに治療だけしてもろうとったのに・・・」

娘・妻「お父さん何言いよるん、だいじょうぶよね。治療続けとったらまた元気になるけえ!じゃけえちゃんとガマンせんにゃいけんよ!」

4か月後:

医師「ご臨終です・・・」

フィクションの物語はここまでです。こうしてこの患者さんは苦しい副作用を耐えながら抗がん剤治療を受けたが入院されたまま回復することなく死亡されました。みなさんはどのようにお感じになられましたか?
きちんとがん告知を受けられなかったので、病状や治療をする環境・治療法について自分で判断することができないまま一生を終えてしまいました。本当にこれで本人にとってよかったのでしょうか?ただ御家族だけが一方的に安心されただけではなかったのでしょうか?

もし本人がきちんと告知を受け、自分の価値観で治療や療養のしかたを決められることができていれば、このお話とは別の過ごし方が選択できたかもしれません。もしかしたら患者ご本人には、どうしてもやっておきたかったことや、御家族・知人に言い残しておかなければならないことがあったかもしれません。そのために、療養のしかたや場所をどうするかを自分で決めたかったかもしれません。それを奪う権利は誰にもないのです!

たしかに問題点もいろいろあります。この物語での患者さんのように、とても気が弱くて悪い知らせを受け入れることが極めて困難な方もたしかにいらっしゃると思います。そのようなかたには唐突に悪い知らせを告知することはかえって本人の意欲を奪うことにもなりかねません。悪い知らせの伝え方には細心の配慮が必要であり、われわれ医療関係者も反省させられることがしばしばあります。患者さん側と医療関係者側の連携と信頼関係を築き、悪い知らせをうまく伝えられるような環境整備が大切です。

がんは日本人の2人に1人がかかる病気です。完治困難ながんになることはとてもつらいことであることは言うまでもありません。しかし、もしあなたががんになったとき、その病状から目を背け現実から逃避したり、家族のみの希望で告知や説明が正確になされなかったら、さっきのお話のような結末になってしまうかもしれません。それでいいのでしょうか?

がんになってしまった人、その御家族ともにがんの告知については、しっかりと本人が説明を聞き、本人にしっかりと意思決定をしていくことが重要であると認識していただければ、がんの療養は本人を中心とした充実した展開が得られる可能性が膨らむと思います。がん告知に関して再考していただけるきっかけとなれば幸いに存じます。

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